コンセプト
リテラシーズ(Literacies)のコンセプト
まだ前世紀であった1999年10月に『21世紀の「日本事情」─ 日本語教育から文化リテラシーへ』(くろしお出版)を創刊し,「日本語・日本事情教育」の新たな展開の一端を担い,第5号の上梓で一つの区切りを迎えた。
不安を抱えた創刊であったが,多くの読者と執筆者と,そしてリスクを承知で版元を引き受けてくれた出版社とに恵まれて,「日本事情」とその教育,そして日本語教育に関わる様々な議論の裾野を押し広げてくることができたように思う。
「日本語教育から文化リテラシーへ」というサブタイトルの意味するところは,もちろん「日本語教育を否定し文化リテラシーへと向かう」ということではない。20世紀から21世紀への移行期に示された「日本語教員養成の新しい考え方」,従って「日本語教育の新しい考え方」の方向性を先取りしつつ,日本語教育の新たな方向を指し示そうとしたものである。
そして,「文化リテラシー」とは,
- 「知識」ではなく「能力」と捉えること
- 文化の多様性を前提とすること
- 人が文化を捉えなおし続ける過程を重視すること
を共通理解としていた。『21世紀の「日本事情」』は,この緩やかな共通理解の下で新たな「日本語・日本事情教育」の地平を拓こうとしてきたのである。その意味では,『21世紀の「日本事情」』は,旧来の狭い意味での日本語教育が日本事情論的展開(転回)の途上で切り拓いてきた新たな地平を画する領域概念として「文化リテラシー」を標榜しようとしたと言える。
とは言え,教育現場において「日本事情とその教育」が担い続けてきた,そして今も担い続けており,今後もしばらくは担い続けるであろう諸特性(汎領域性,対話的協働性,複合的機能性)を踏まえれば,「文化リテラシー」という領域概念は,「日本事情とその教育」の理論的・実践的な広がりを「言語・文化・教育」を軸にして縮減したものと観ることもできる。創刊号以来の議論の過程で改めて見出された「日本事情とその教育」の学問的な裾野は,より一層広大であったということである。
われわれは,来年度に向けて装いを新たに再スタートを切る。誌名も装丁も編集方針も変える。誌名は『リテラシーズ』。“Literacy”の複数形である。もともと「読み書き能力」を意味する「リテラシー」という語の用法と含意の拡大を踏まえたうえで,その複数形をメインタイトルに据える。サブタイトルは「ことば・文化・社会の日本語教育へ」※である。
従来どおり年1回の研究誌の発行に加えて,年2回のWeb上での発刊を行う。『21世紀の「日本事情」』は世紀の変わり目を経て,その役割と議論の舞台を新たなメディアに拡大することになるが,萌芽的な知的試みを積極的に促すメディアであることは従来と変わらない。Web上での議論も含めてより一層多くの関係者の論争の場にすることができれば幸いである。 (す)
(『21世紀の「日本事情」─ 日本語教育から文化リテラシーへ 』第5号編集後記より)
※当時。現在は「ことば・文化・社会の言語教育へ」。